関宿まちなみ研究所 HOME Blog Entry,Technical report 座敷の上がり口に造り付けられた格子 ~痕跡を読む(case4-1)~

座敷の上がり口に造り付けられた格子 ~痕跡を読む(case4-1)~


 先日見学させていただいた町家の屋内で、格子の痕跡を見つけました。格子戸といえば、町家では外部に面する開口部に取り付けられることが普通です。古い町並みでは、整然と並ぶ格子は他に比べようもないくらいの存在感なのですが、今回はちょっと事情が違っています。町家の屋内、座敷への上がり口に造りつけられた格子なんです。

 座敷の上がり口に造り付けられた格子を糸口に、この町家が歩んできた歴史にどこまで迫れるか。ケーススタディ4のスタートです。

「赤レンガ商家」を見学

 今回見学させていただいた町家は、高知県香南市赤岡町にある「旧小松与右衛門邸」です。小松与右衛門は弘化元年(1844)の生まれで、明治22年(1889)に町村制施行により香美郡赤岡村ができると、明治23年(1890)に初代村長になった方です。家業は酒造ですが、少年期に同じ村内の酒造家へ丁稚に入り、その後暖簾分けを受けて独立していますから一代で財を成したということでしょうか。

 屋敷には主屋(明治時代初めころの建築とされています)、土蔵の2棟の建物が残っていますが、道路に面した位置に煉瓦塀があって「赤レンガ商家」の名で知られています。現在、「特定非営利活動法人すてきなまち・赤岡プロジェクト」が、その再生活用に向けた取り組みをされています。

 ※「すてきなまい・赤岡プロジェクト」については、下記をご覧ください。


特定非営利活動法人 すてきなまち・赤岡プロジェクト

高知県香南市赤岡町において、地域交流拠点・赤れんが商家を核として、町家の保全・活用、絵金文化の継承、まちづくりの担い手育成に取り組む団体です。


あれっ!? こんなところに格子が

 主屋に入ってまず目についたのがこの痕跡でした。鴨居に3~4センチ角程度の白い痕と小さなほぞ穴が等間隔で並んでいます。柱を見ると、床から30㎝ほどの高さに中敷居の目違いホゾ穴が、そして中敷居の下には腰壁のアタリもあります。さらに、柱な中ほどの高さには格子の横桟の穴が2つ並んでいます。この横桟の穴の位置は、中敷居と鴨居のほぼ中央です。対面の柱にも、それぞれ対応するように同じ痕跡があります。これらはいずれもこの場所に格子があったことを示す痕跡と判断して間違いありません。そして、鴨居には建具を入れるための溝が2条ありますので、おそらく障子(溝巾が狭い)の引き違い戸が内側に入れられていたのでしょう。

 では、この格子は建築当初からあったのでしょうか。それとも建築後の改造でつけられたものなのでしょうか。まず、鴨居の竪桟の痕が白くなっています。これは竪桟があったために煤けなかったことから白くなっています。つまり、二つの材(鴨居と格子竪桟)は煤けが生ずる前に接合されていたわけで、鴨居と格子は同時期に付けられたものと判断できます。鴨居は差鴨居とは別材で、差鴨居の下に付けられています(このため差鴨居の下面の溝などは確認できません)。柱のホゾも当初か中古かの判断はし難いのですが、左の柱の中敷居痕跡は白く、右の柱の中敷居痕跡は白い部分はなくホゾ穴だけです。これは鴨居の格子竪桟の痕跡と同じで、左の柱は中敷居が付けられた後に全体が煤けたことを示しており、反面右の柱は煤けた柱にホゾが切られ中敷居が入れられたことを意味しています。よく見ると、左の柱は右の柱より煤けが薄いように思えます。また、柱は差鴨居の途中までしかありません。他より新しい柱と考えて間違いありません。この格子は建築後の改造で付けられたということで、鴨居、左の柱は格子を入れるときに新たに入れられた材と判断できます。

 この開口部では格子以外を示す痕跡は見当たりません。

 ひととおり、痕跡の有無や、痕跡の解釈ができたところで、この部分の変遷を整理してみることにします。
①建物が建てられた当初は左の柱はなく2間幅の開口であったと考えられます。
※左側の開口部では差鴨居の下面に2条の溝が切られています。この開口部も格子鴨居を取り去ると差鴨居の下面に溝があるのではないでしょうか)。
②開口部の中間に柱(左の柱)が入れられ、あわせて鴨居・中敷居・腰壁が入れられ、格子が造り付けられた。
③格子竪桟・横桟、中敷居、腰壁が取り払われ再び開放とされた。(現状)
ということになります。


なぜっ!? こんなところに格子が

 この部分の変遷は明らかになったのですが、なんかスッキリしません。というのも、「なぜ!? こんなところ格子が」との疑問が残るからです。はじめにも書きましたが、格子は建物の外部に面したところに付けられるのが普通です。屋内の、それも座敷への上がり口となるこの場所になぜ格子が付けられたのか。たとえ建築当初の造りではないとしても、このような改造がされるのにはそれなりの理由、そうしなければならなかった事情、必要というものがあったはずなのです。「お金持ちは(後の時代の人には理解できないような)変なことをするもんだ。」と、簡単に納得してしまうわけにはいきません。 

 と息巻いてみても、この部分ばかりを見ていたのでは答えは見つけられそうにはありません。ここはひとまず「改造により格子が付けられた」ということを頭に置きながら、周りの痕跡をひとつひとつ片づけていくことにします。
どこかで、「ハッ!!」と気づかされる時が来ると信じて。

<つづく>

~シリーズ 痕跡を読む~

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