関宿まちなみ研究所 HOME Blog Entry,Technical report セットで読み解く大戸口 吊り大戸 ~痕跡を読む(case3)~

セットで読み解く大戸口 吊り大戸 ~痕跡を読む(case3)~


 「大戸口」(おおとぐち)とは、民家の正面にある建物への主要な出入口のことです。ここには、他より大きな建具(「大戸」(おおど))が取り付けられます。大戸は、建物の表口に設けられることから、他の建具より大きく特に頑丈に作られています。しかし、その大きさや開け閉めの大変さから取り外されていることが多い建具でもあります。今回は、そんな建物の表口の守りの要、大戸の痕跡についてです。


天井から垂れ下がった金具

 ある天気の良い日曜日、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている有松の町並みを見学しようと名古屋市まで車を走らせました。町並みには多くの見学者が散策を楽しまれる中、市の有形文化財に指定されている「岡家住宅」も公開が行われており、絞りで栄えたという豪商の邸宅の中を見学させていただくことができました。

 大戸口を入ると、真っ先に目に入るのは建物間口いっぱい(3部屋分)に続く広い「みせのま」です。さすがに浮世絵に出てくるような絞り商の佇まいに圧倒されました。案内人さんの説明をお聞きしながら通り土間の奥に目を転ずると、発見!!第1痕跡。2本の金具が天井から垂れ下がっています。「吊り大戸」のためにつけられた吊り金具と思われます。
 上を見上げても、振り返って大戸口を見ても大戸は残っていません。ということは、この金具は「かつて大戸口にあった大戸の痕跡」です。となれば次の一手は決まっています。関連する痕跡の探索です。案内人さんに内部写真の了解を取り、カバンから懐中電灯を取り出して、逆光となっている大戸口をじっくり観察することにしました。


関連する痕跡の辿り方

 吊り大戸と分かっていれば、関連する痕跡を探すのは比較的容易です。吊り大戸の構造は他の建物でも見たことがあるので、大戸取り付けのために建物にどのような加工がされるかがわかっているからです。吊り大戸であれば、前面の梁や鴨居(まぐさ)に丁番が付いているはずと目星をつけて見てみると、前面の梁に二つの金具が、両側の柱からほぼ均等に間隔を取って取り付けられています。

 次は戸締り。吊り大戸を下した時、どこかで大戸を止めないといけないはずだけど・・・・、柱周りには方立などはない。あったあった。左側の柱に閂(かんぬき)金物が残っていて、柱の表面には金物が当たった金具のアタリもしっかり確認できます。右側の柱には閂金物そのものは残っていないものの、左側の柱と同じ高さに釘穴と金具のアタリが確認できました。大戸を下した後に両柱の閂金物に角材(45ミリ角程度)を差し込んで大戸を止めたのでしょう。

 これだけがセットで確認できれば、吊り大戸で間違いはない。

痕跡をセットで確認することの意味

 なぜセットが大事かというと、痕跡解釈の万全を期すためです。たとえ同じ吊り大戸の痕跡が確認されたとしても、すべてが同時期に使われていたとは限りません。セットで確認できたいくつかの痕跡が、相互に矛盾のないものであるかどうかの確認ができるということです。
 例えば、今回の吊り大戸の場合では、各痕跡間の寸法を確認することができます。丁番から土台までの高さと丁番から吊り金具までの距離は、いずれも大戸の高さとほぼ同じ寸法になるはずです。また、金具の幅からは建具の見込み寸法を知ることができますし、閂は大戸に備えられていた潜り戸よりは高い位置にあったと推定されるので、潜り戸の高さの上限を知ることができます。
 ただ、今回は一般観覧者としての見学でしたので、メジャーを出して寸法を計測させていただくことは遠慮してしまいました。


落とし穴

 セットで痕跡が確認できたことで、この建物の大戸口に吊り大戸が嵌められていたことは間違いないことなのですが、はっきりとした痕跡が見つかった時に陥りやすい落とし穴があります。他の可能性の確認を忘れてしまうことです。

 大戸には吊り大戸以外にも引き戸形式のものや扉形式のも、摺り上げ戸形式のもあります。引き大戸であったものを扉に変更したり、引き大戸を吊り大戸に変更するといった大戸形式の変更が行われた可能性もないわけではありませんから、他の形式の大戸であった可能性を否定しておくことが重要です。

 他の形式ではなかったことを明らかにするために、他の形式の大戸に特徴的な加工が行われていないことを確認します。引き戸の場合には、柱の内側表面に建具を横に引いたときに付く「戸摺り(とずり)」という痕跡ができます。扉形式の大戸では柱の角に丁番や丁番用の釘穴が残ります。摺り上げ戸形式の場合には、柱の内側に戸を上げ下げする時にガイドとなる溝が付けられています。これらがないことが確認できれば他の形式であった可能性が否定され、消去法的に確認ができます。

最終的な形を想像してみる

 もう一つ大切なことは、最終的な形を頭の中に描いてみることです。

 現在の大戸口は、吊り大戸が無い状態で引き違いの格子戸が入れられています。吊り大戸が建築当初からあったとして、建てられた当初から引き違い格子戸と併用されていたのでしょうか。

 そういう目で改めて格子戸周りを観察することにしました。鴨居は明らかに周囲の材より新しく、後から入れ直しがされているように見えます。しかし、柱と鴨居の接合部には、この鴨居が入れられる前の鴨居のほぞ穴の一部が見えていて、以前から鴨居はあったように思えます。しかも、鴨居の上には写真のように羽目板を差し込むための「小穴(こあな)」や、梁下には板のアタリが僅かに見えます。どうも、建築当初から鴨居はあったと言えそうです。

 と考えると、おかしな点に気が付きます。大戸の丁番が鴨居(まぐさ)にではなく、その上の梁に取り付けられている点です。内側の吊り大戸は、羽目板があって外からは見えない部分にまであったことになるからです。重さのある大戸を吊るために構造的にしっかりしたところに付けたとも考えられますが、開口部よりも大きな大戸を作ることはいかにも無駄なことに感じられます。

 この鴨居材は新しいものなので、ひょっとすると古い鴨居に付けられていたものを移動したかもしれない。いやいや、鴨居下の古い鴨居痕跡はしっかりと確認できていないので、やっぱり鴨居は後からつけられたものではないか。様々な疑問が生まれてきます。

 ああ、やっぱり金具関係の寸法をあたっておくべきだった。遠慮すべきではなかったのだ。ツメの甘さを恥じながら、メジャー持参での再訪を期すのでありました。

~シリーズ 痕跡を読む~

名 称:「岡家住宅」 【名古屋市指定有形文化財】
所在地:名古屋市有松伝統的建造物群保存地区
開 館:土・日・祝日
    ※語り部さんによるご案内があります。
    ※見学は土間のみで、座敷部には上がることができません。

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