関宿まちなみ研究所 HOME Blog Entry,Technical report 痕跡は建物の修復でどのように活かされるのか ~痕跡を読む(case2-5)~

痕跡は建物の修復でどのように活かされるのか ~痕跡を読む(case2-5)~


 4回にわたって、三重県にある歴史的建造物の勝手口周りの各部分の変化と、建物の変遷について書いてきました。最終回となる今回は、こうした痕跡を読むという作業が、実際の修復現場でどのように活かされるのかについて書くことにします。


後世に伝えるべき建物の姿を示してくれる

 歴史的な建造物の修復を行うとなった時、まず最初に考えなければならないのは、その建物をどういう姿で後世に伝えていくかということです。

 歴史的な建造物を修復する時、その建造物が建てられた当初から現在までのいずれかの時期を再現する“復原”という作業が行われます。建物は建築されて以降、様々な改造を繰り返して現在に至ります。改造は連続して徐々に進行するのではなく、一度改造が行われるとその状態でしばらくは使われ、その間の使用上や生活様式の変化などによる不都合が限界に至った時、次の改造が行われます。つまり、改造と改造との間には改造が行われない時期が存在し、建物は段階的に変化していくということです。

 ある時期に行われた改造により作り出され、次に改造が行われるまでの間維持される建物の状態を建物の一つの段階として捉えます。建物が建築されて以降の改造の段階を順を追って整理したものが「変遷」です。

 復原とは建物を過去のある時点の姿に再現することをいいますが、実際には時点と言えるほどに年代やその時々の建物の状態を特定することは難しく、年代に一定の幅を持たせた時期を設定します。この復原上設定する時期が、建物の変遷における一つの段階と一致するようにするのです。

 建物の過去の状態を復原する上で、絶対にやってはいけないことは、部分部分で恣意的に復原時点を設定し、建物全体としては復原時点が混在してしまうことです。その建物には実際には存在しなかった姿を作り出すことになってしまうからです。

 痕跡を調査し、その建物の変遷を明らかにすることは、その建物をどういう姿で後世に伝えていくかということを考える上で出発点となるものです。

細部の仕様や寸法など具体的な形を示してくれる

 痕跡は過去に行われた加工の痕なので、当時の仕様や工法を知ることができます。また、そこにあったはずの材料の大きさや材と材の間隔なども明らかになります。痕跡は、過去にあったモノの具体的な形を示す物的な証拠なのです。

 建物を過去のある時期の姿で再現する復原では、再現される具体的な形も当時実際にあったモノと同じでなければなりません。でなければ、たとえ時期(段階)のとらえ方は正しかったとしても、実際には存在しない姿を作り出してしまうことになり、見る人に誤った理解や印象を与えてしまうことになるからです。

痕跡は建物が歩んできた歴史を語り続ける

 修復工事においては、部材一つ一つを細かく調査して痕跡の有無を確認し、根拠に基づいた復原が行われています。しかし、修復工事が完了した後に、復原が本当に正しく行われたかどうかを確認することは難しいことです。修復工事においても古い部材の一部は腐朽・破損などを理由として取り換えが行われます。傷んだ部材の交換は、建物を長く維持していくためには必要なことなのですが、取り換えられた部分にあった痕跡は失われることになります。

 修復工事により失われる部分にあった痕跡は、図面や写真などで記録を作成し、工事完了後に「修理工事報告書」などで公表することも行われていますが、「修理工事報告書」はあまり多くの人の目に留まるものではありません。建物を訪れた時に、その場で見ることができるという意味でも、痕跡は現地に残されていることが望ましいのです。

 痕跡を現地に残そうとすれば、痕跡の残る部材は極力残さなければなりませんし、新たな加工を行う時には古い痕跡を傷めないように注意する必要が生じます。つまり、痕跡があるかどうかは、どこを残し、材の交換をどこまで許容するかということの判断基準の一つになるのです。

 痕跡調査を行うことの大きな意義は、工事に先立って尊重しなければならない痕跡のありかを明らかにできることです。調査が完了したからといって、記録したからといって消えてなくなってよいものではありません。証拠は証拠としてできるだけ長く残していなければならないのです。そうすれば、残された痕跡は、建物が歩んできた歴史を現地で語り続けてくれるのです。

修理に係られた皆様のご努力に敬意を表したい

 今回、題材とさせていただいたのは、三重県伊賀市にある「芭蕉翁生家」です。令和4年4月に修復工事を終え、一般公開されています。皆さんもぜひご覧いただければと思います。

 私は直接この修復工事に関わっていませんので、見学をさせていただいた折りに見たことだけを材料にしてcase2-1~case2-4を書かせていただくことができました。隠し事のない正直な修理と公開の在り方にとても好感が持てました。修理に関わられた皆さん、そして公開に携われている方々のご努力に敬意を表したいと思います。ありがとうございました。

~シリーズ 痕跡を読む~

名 称:「芭蕉翁生家」 【伊賀市史跡】
所 在:伊賀市上野赤坂町304
開館時間:午前8時30分~午後5時
休館日:毎週火曜日・年末年始
観覧料:一般300円/生徒・児童100円(団体は200円/60円)

 


スポンサーリンク

Related Post

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。