関宿まちなみ研究所 HOME Blog Entry,Technical report 「復元」と「復原」の使い分けを解説

「復元」と「復原」の使い分けを解説


 “復元”と“復原”。どちらも“ふくげん”と読みます。辞書ではいずれも「元の位置や形態に戻すこと」で同義とされています。
 一般には同じ言葉として使われている二つの用語ですが、歴史的な建造物の保存を扱う業界ではそれぞれに異なる概念を加えて異なる意味で使っています。二つの用語の違いについて解説します。


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過去に存在した建造物を再現する“復元”

 まず、“復元”は過去に存在していたものの現在は失われてしまっている建造物を、様々な資料に基づいて再現することを言います。

 例を挙げれば、

  • 発掘調査において存在が確認された建造物を、発掘調査結果等に基づいて再現する。
  • すでに失われているものの絵図面や写真が残っており、それら当時の資料類に基づいて再現する。

と言った場合です。

 これらに共通しているのは、

  1. すでに失われており、現存しない。
  2. 復元する建造物が過去に存在していたことは確かである。
  3. 当時の姿を再現するに足りる根拠(史資料)が存在する。

の3点で、これらが、“復元”という場合の重要な条件です。

 少し具体的に説明します。

 まず、最初に上げた例では、発掘調査が行われていることが重要です。発掘調査が行われるくらいですから、すでにその建物は存在しません(1)。発掘調査によって、柱の痕や雨落などが確認されると、その建造物が過去に確かに存在していたことが明らかになります(2)。発掘調査で明らかになった柱の痕によって、建物の規模が明らかになります。また、その配置から間取が明らかになります。雨落では屋根の軒先の位置が判ります。これら調査結果や、現存する当時の建物との比較検討などの結果を根拠として、当時の姿を科学的に明らかにします(3)。

 二つ目の例では、絵図面・写真と言った資料が存在することが重要です。絵図面が残るだけでは実際に存在したかどうかは判明せず、さらに確認が必要となりますが、写真の存在は過去に存在していたことの確かな証拠になります(1)(2)。そして、絵図面や写真には、その建物の具体的な姿が記録されていますから、これらを根拠として、当時の姿を明らかにします(3)。当然、絵図面・写真以外の史資料も充分に調査を行います。

“復元”について詳しくお知りになりたい方はこちらの本がおすすめです。
『古建築を復元する 過去と現在の架け橋』海野聡著 2017 吉川弘文館
<関宿まちなみ研究所 Book Libralyで紹介しています>

※文末に【追記(R3.3.1)】があります。


存在する建造物をある時代の状態に戻す“復原”

 一方、“復原”は、現存している建造物を過去のある時代の姿に戻すことを言います。

 例を挙げれば、

  • 建てられたのは古い時代のことだが、その後度々の改造によって大きく姿を変えている建造物を、建てられた当時(当初)の姿に戻す。
  • 著名な歴史上の人物が生まれた家を、その当時の姿に戻す。
  • 歴史的な出来事があった建物の、出来事があった当時の姿に戻す。

と言った場合です。

 これらに共通しているのは、

  1. 復原する建造物は現在も存在している。
  2. 再現する姿が、過去に実際に存在した。
  3. 再現するに足りる根拠が存在する。

の3点で、これらが、“復原”という場合の重要な条件です。

 “復原”についても、少し詳しく説明します。

 上に上げたどの例でも、復原される建物は、改造されて昔の姿を失っているとはいえ現存しています(1)。そして、建てられた時(“建築当初”と言います)や歴史上の人物が生まれた時、歴史的な出来事が起こった時と言った、実際に存在した時(時点)があります(2)。

 最後の「再現するに足りる根拠」(3)は少しわかりにくいかもしれませんので、もう少し詳しく説明します。建物は建てられて以降、何らかの改造を繰り返し行っていきます。この時、すでにある材料を取り払ったり、すでに使われている材料にはさらに加工して新しい部材を取り付けます。このため、古くから使われてきた材料には、そうした改造の度に行われた加工の痕(これを“痕跡”といいます。)が残っていきます。そこで、この加工の痕を調べ、順序良く整理することで、その建物の改造の過程を正確に辿ることができるのです。こうした加工の痕は、確かにその建物で行われたものであれば(すでに加工の痕が残る材料が、転用されて使われている場合もあります。こうした材料のことは“転用材”といいます。)、復原の最大の根拠となります。こうした加工の痕に加え、同種、同時代、同地域の建造物(これを“類例”といいます。)なども参考としながら、過去の姿を明らかにします。


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“復元”と“復原” 共通点と相違点

 “復元”と“復原”。いずれも、建造物の過去の姿を再現することは共通していますが、“復元”は“過去には存在したが現在はない建物”を対象としているのに対し、“復原”は“現に存在している建物”を対象としている点が異なっています。また、いずれも“再現するに足りる根拠”が必要であることは、特に重要な共通点と言えるでしょう。

 この違いについては、歴史的な建造物に関わる方々の間ではしっかりとした使い分けがされており、後者をわざわざ“ふくげん”とは言わず、“ふくはら”と言う専門家もいらっしゃるほどです。

 さて、二つの言葉の違いを理解していただいたとしても、なぜわざわざ使い分ける必要があるのかという点については疑問が残るところです。この点についてはさらに慎重に考える必要がありそうですが、私は“復元”は学術研究の成果を検証する過程であり、“復原”そのものは学術研究の手法のひとつとで、研究成果を積み上げる過程なのではないかと考えています。


十分には理解されていない使い分け

 “復元”では、現存しない古い時代の建物を再現するのですから、ロマンのあることと肯定的に捉えられる事が多いのですが、一方では「誰も見たことがないものなのになぜわかるの?」とか、「本当にこんな形だったの?」といった疑問の声が向けられることもあります。こうした疑問には、一つひとつ根拠を示しながら説明せざるを得ません。ただ、ロマンと疑問は表裏一体なのではないかと思います。つまり、“復元”が、様々な学術研究の成果を集大成した、科学的な成果であることが十分に理解されていない結果だと思うからです。

 こうしたことは“復原”でも起こります。“復原”を行った建物は、建築後の改造が少なければ「どこが変わったの?」と思われますし、建築後の改造が多い場合には見たことも無いような姿になることもあります。「私の記憶ではこんな姿はなかった」と疑問が生ずることもあれば、「もっと立派な建物だと思っていた」と失望されることもあり得ます。“復原”の対象となる建物は、永くその場所にあって地域の方々から親しまれてきたものが多いです。たとえ、「“復原”は根拠に基づいて行った」と主張したところで、“復原”が周辺の方々のその建物への愛着を失わせるきっかけになってしまったのでは元も子もありません。

 “復元”と“復原”の違いは、建築に関わる人々の中でも正しく理解しているとはいえません。“復原”の現場には、“復元”に対する誤解が元になっていると思われることが少なからず登場します。現存する建物を“復原”する場合、多くの部分は部材に残る痕跡などをもとにして、元の形を知ることができるのです。しかし、改造が激しく、古い部材のほとんどが失われているような個所では、建物に残る痕跡に基づいた“復原”が難しくなります。そうした場合でも、建物として完成させないわけにはいきません。こんな時、根拠が曖昧な個所を指して“復元”と言ってしまうのです。

 こうした場合でも、類例などを十分に検討したうえで、何らかの根拠に基づいて“復原”する必要があります。根拠となりうる部材がすでに失われているという意味では“復元的”と言えるかもしれませんが、“復原”される建物の一部が“復元”であるということはあり得ないのです。上にも書いた通り、“復元”と“復原”は、いずれも“再現するに足りる根拠”があることが大前提です。“復元”を根拠が曖昧なものと考えるのは大きな誤解です。


使い分けは意味のあること

 さて、“復元”と“復原”。その言葉の意味はご理解いただけたのではと思います。ただ、残念ながら、この違いを意識して使っているのはごく一部の関係者だけで、一般的な認識というまでには至っていません。実は、新聞では“復元”しか使うことができないのです。

 しかし、この使い分けは十分に意味のあることだと思います。なぜなら、言葉の違いから、“復元”・“復原”に至る経緯が想像できるとともに、その根拠に対する好奇心がかきたてられるからです。
 自信を持って“復元”・“復原”を使い分けていきたいと思います。

~解説文の読み方・書き方~


【追 記(R3.3.1)】
 令和2年4月17日、文化審議会文化財分科会が「史跡等における歴史的建造物の復元等に関する基準」を定めました。
 基準では、“歴史的建造物の復元”とは、「今は失われて原位置に存在しないが、・・(中略)・・、当時の規模(桁行・梁行等)・構造(基礎・屋根等)・形式(壁・窓等)により、遺跡の直上に当該建築物その他の工作物を再現する行為を言う。」と定義しています。
 また、“歴史的建造物の復元が適当であるか否かを判断する基準のうちの技術的事項”として、「復元する歴史的建造物が遺跡の位置・規模・構造・形式等について十分な根拠をもち、復元後の歴史的建造物が規模・構造・形式等において高い蓋然性を持つこと。」、「原則として、復元に用いる材料・工法は同時代のものを踏襲し、かつ当該史跡等の所在する地方の特性等を反映していること。」の二つを挙げています。
※詳しくは文化庁HPをご覧ください。


シリーズ: ~建物解説文の読み方・書き方~

「建物解説文の読み方・書き方」
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